研究会・多分野交流演習

2022年度 多分野交流演習「サステイナビリティと人文知」実施報告

2022年11月25日(金)

話題提供者:清水亮准教授(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
テーマ:人文知と実践知との往還~人文知のサステイナビリティに関する一考察

話題提供では、本プロジェクトにおけるこれまでの議論を踏まえて、まずサステイナビリティをめぐる二つの問いを整理した。その二つとは、(1)「何をsustainするのか」という問いと、(2)「何をしたらsustainしたことになるのか」あるいは「持続とは何か」という問いである。

そのうえで、八丁味噌ブランドをめぐる対立、阪神淡路大震災のボランティア活動、家庭用ヒートポンプ給湯器(通称・エコキュート)の低周波音問題という三つの事例を参照することを通して、人文知と実践知の関係を考察した。そこには、現場の実践における知が越境して人文知とつながる一方、そうして人文知において捉え直された知が再び現場の実践において活用されるという往還が見いだされた。

これを踏まえて、このような人文知と実践知の往還こそが、人文知のサステイナビリティを考える上での鍵になりうると結論づけた。

質疑応答では、次のような質問が出た。

2022年10月28日(金)

話題提供者:佐藤仁教授(東京大学東洋文化研究所)
テーマ:SDGsが隠すもの―環境正義の視点から―

話題提供では、SDGsを礼讃する風潮に疑義を呈した上で、「援助」「コミュニティ」「自然保護」という三つの言葉が、それぞれ環境問題にまつわる不正義を見えにくくする「オブラート」として機能してしまっていることが取り上げられた。

まず、「援助」に関しては、ラオスにおけるJICAの環境教育活動の事例を通して、現地の人々の格差構造や国家による支配を維持・助長してしまう面があることが指摘された。次に、「コミュニティ」に関しては、カンボジアのトンレサップ湖の漁区開放政策の事例から、コミュニティの実情を考慮せずに管理を任せると、能力不足によりコントロールできなくなることがあることを確認した。そして、「自然保護」に関しては、観光業をさかんにするために、自然保護の名の下で作られたフィリピンのカウウィット島サファリパークの事例を参照した。

これらの事例から、環境問題については、生じた問題への対症療法的な対処ではなく、そもそも問題が生じない開発のあり方を模索するとともに、SDGsが示すような課題をうのみにするのではなく、自分たちで課題を設定する力を養うことが重要であると結論づけられた。

質疑応答では、次のような質問が出た。

2022年10月14日(金)

話題提供者:小島毅教授(東京大学大学院人文社会系研究科)
テーマ:中国思想と環境~水について~

話題提供では、まず「文化的中国」(=漢字文化圏)の古典思想文献に見られる「水」をめぐる記述を手がかりに、当時の思想家たちが水や治水をどのように捉えていたのかを紹介した。

これを通して、(1)「水」が「川」と同じく、水が流れる様子をかたどった字であること、(2)「治」の字が統治一般を意味するほどに国家権力にとって治水は重要だったこと、(3)海の概念が中国では二次的で日本語におけるウミとは異なること等が確認された。

そのうえで、特に「禹の治水事業」に着目し、それが古典文献にどのように記述されているのかを見ることで、そこからどのような教訓が得られるのか、考察をおこなった。

質疑応答では、次のような質問が出た。

2022年7月8日(金)

話題提供者:神崎宣次教授(南山大学国際教養学部)
テーマ:サステイナビリティの「危機」と技術的解決可能性

話題提供では、1960年代に叫ばれた環境危機と、現在問題となっている環境危機の間で、人口増加の問題が取り上げられなくなったという見かけ上の変化があることを指摘した上で、人口問題と技術的解決可能性の関係を論じた。

まず、技術的解決を「自然科学における技術の変化だけを要求し、人間の価値や道徳の考え方の変化としては、ほとんど、またはまったくなにも要求しないような解決」と捉える定義を紹介した。そのうえで、産児制限などによる人口抑制の必要性を主張する新マルサス主義に対して、技術的解決が人口問題を解決してきた経緯を概観し、新マルサス主義の議論が退けられてきたことを確認した。加えて、新マルサス主義の一部は、エコロジカルフットプリントのような新たな概念を取り入れつつ、主張の大枠を現在でも維持していることも紹介した。

さらに、デカップリングやAIの環境負荷についても考察した上で、最後に「環境負荷を一定の水準以下で維持しつつ、不平等や格差の問題にも配慮しながら、ウェルビーイングを一定の水準以上で維持すること(あるいは持続的に向上させること)は可能か?」という根本的な問いを提起した。そして、技術的解決を含むあらゆる解決を動員する必要性は明白とした上で、「技術的解決可能性をどう見積もるのか」が現在の危機を考える上での鍵になると指摘した。加えて、その見積の難しさを検討した。

質疑応答では、次のような質問が出た。

2022年6月17日(金)

話題提供者:鈴木真准教授(名古屋大学大学院人文学研究科)
テーマ:人口倫理の原則を求めて

話題提供は、QOL水準と人口の関係をめぐる一つのパラドックスを提示することから始められた。そのパラドックスとは、ある規則にしたがって人口を増やし、QOL水準を引き下げる思考プロセスを続けていくと、最終的には非常に大きな人口で非常に低いQOL水準であることの方を選択すべきだという結論が導き出されるというものである。

そのうえで、このパラドックスに応答するための代表的な候補のうち、次の考え方が紹介された。

以上を踏まえながら、人口倫理はどの価値理論・規範理論が適切なのかを判定する試金石となりうるという結論をもって、話題提供が締め括られた。

質疑応答では、次のような質問が出た。

2022年5月27日(金)

話題提供者:斎藤幸平准教授(東京⼤学⼤学院総合文化研究科)
テーマ:持続可能な開発は可能か――ストックホルム会議から半世紀に

話題提供では、まずSDGsにおける「繁栄」の理念に着目することで、SDGsが掲げる17の目標のうちに、①人間と自然との調和と②社会発展のための経済成長という二つの方向性が内在していることを確認した。そのうえで、環境負荷と経済成長のデカップリングを目指す「緑の成長」は、現在の環境負荷を短期間で大幅に減らすことができない点で、「神話」にすぎないことが指摘された。

これを踏まえて、「脱成長」の見地から、SDGsそのものの方向修正が提案された。そこで特に吟味の対象となったのは、目標8「働きがいも経済成長も」と目標10「人や国の不平等をなくそう」である。

目標8については、「先進国も途上国も経済成長する」という前提に疑問が投げかけられた上で、むしろ先進国は脱成長と富の再分配により、幸福度を追求する方向にかじを切り、また途上国においても経済成長の質を考慮する必要があることが示された。

目標10については、単に経済成長で貧困層の物質的水準を底上げするだけでなく、国家内や国家間の富の再分配や格差の是正によって解決すべき問題であるとされた。とりわけ国家間の問題に対しては、①途上国の債務を帳消しにすること、②国際機関を途上国の意向が反映される民主的で公正な組織に変革すること、③国際的な法人税・所得税・金融所得課税を導入し、タックスヘイブンや経済特区に規制をかけることが提案された。

質疑応答では、次のような質問が出た。

2022年5月6日(金)

話題提供者:沖⼤幹教授(東京⼤学総⻑特別参与、⼤学院⼯学系研究科)
テーマ:⽔から考える持続可能な開発

話題提供は、まず「⽔は地球を循環している再⽣可能資源であるにもかかわらず、なぜ⾜りなくなるのか?」という問いから始まった。その問いを考察する中で、水資源が地理的・時間的に偏在していることや、水の単価が輸送コストに見合わないことなど、水資源の捉え方に関わる基本的な問題を整理した。

そのうえで、水問題については、純粋な自然環境のみを対象にするのではなく、人間活動も考慮した枠組みで考えなければ意味がないことを強調し、人間活動も考慮したグローバルな水循環・水資源についての数値シミュレーションの実例を示した。

これを踏まえて、「⽔はローカルな資源なので地域ごとに解決するだけで良いのか?」という問いを提起し、食料や工業製品の生産に使われる水資源に着目した「バーチャルウォーター」(仮想水)の考え方を説明した。その考え方の下で、水資源が乏しい国であっても、食料などを輸入することで、どの国も自国の水資源を枯渇しないようにしていることが紹介された。

さらに、MDGsで掲げられた「2015年までに、安全な飲料⽔及び衛⽣施設を継続的に利⽤できない⼈々の割合を半減する」という目標が達成されていたことに触れた上で、その要因の一つとして、GDPと安全な飲料水にアクセスできる人口の割合に相関関係が見られることから、経済成長が考えられることが示された。

こうして、水問題については、悲観論と楽観論の適切なバランス感覚をもつことや、環境保全・経済発展・社会正義という三者の調和をとることが重要であると締めくくられた。

質疑応答では、次のような質問が出た。

2022年4月22日(金)

話題提供者:小貫元治准教授(東京大学新領域創成科学研究科)
テーマ:「環境の限界」と「成長」の行方

話題提供では、はじめに1980年代から現在までの「持続可能な開発」(SD)に関する議論を概観した。そのうえで、「有限な地球で無限な成長は可能か」という根本的な問いを、(1)「有限な地球」と言う時の「有限」とは何であり、どのような限界がある時に何のどのような成長が可能であるのか、(2)そもそも経済成長は必要なのか、という二つの問いに分解する視点を提示し、デカップリングや脱成長を含め、現在提起されている複数の解決策を整理した。

質疑応答では、次のような質問が出た。

2022年4月8日(金)

話題提供者:堀江宗正教授(東京大学人文社会系研究科)
テーマ:イントロ サステイナビリティと人文知の関係性

話題提供では、まず2009年度から続けられてきた「Sustainabilityと人文知」プロジェクトを振り返りながら、そこで明らかになった諸問題を概観した。それを通して、企業が目指す「サステイナビリティ」が、人文知において多様な意味でとらえられうる「サステイナビリティ」の一面だけをとらえたものにすぎないことや、グローバルなサステイナビリティのために、ローカルなサステイナビリティが犠牲になりうることを確認した。それを踏まえて、人文知の見地から、「サステイナビリティ」を批判的な概念(各時代・各地域に適用される歴史的分析概念、環境破壊や経済の自己破壊を隠蔽する文化的言説)としてとらえ直すことで、SDGsが企業や国家の自己正当化の道具になっていないかを問うなど、SDGs批判をすることができるのではないかという課題が示された。